微笑みと共に、世界は眠る
「大人になり、海がもう青くないと知れば、彼はきっと私を恨むでしょうね。〝どうしてあの時、嘘を教えたんだ〟って」
「…………」
「私はね、もう希望なんて何もない。だから何を言われても、明るい光に手が届くと思うことはない。けれど子供は違う。いくつもの希望を持ち、またそれを望む。その代わりに、強く希望を持てば持つほど、それが崩れ落ちたとき、深い絶望に陥ってしまう。私はその絶望を知っている。希望が消えて行く悲しみと悔しさも、全て知っている。」
少女は青年に背を向け、寂れた街並みを眺める。
「小さな子供に……あの子に、まだ絶望を味わってほしくなかった。だから私は嘘をついたの。悲哀なる嘘をね」
「……俺は」
彼は少女のもとへ歩み寄る。けれど彼女は、振り向かない。
「俺は幾度となく悲惨な光景を見てきた。死んでしまった自然も、すべて。けれどまだ、希望を持っている。いつか必ずこの戦争は終わり、この世界はまた再生していくという希望を」
何度も絶望した。けれどその度に、希望を持った。
そうでなければ、自分は何のために生きているのか、分からなくなってしまうから。
「希望を持つからこそ、生きようと思えるんだ。すぐに希望を持てとは言わない。だけど希望を持つことはもうないとか、死にたいとか、そういうことを思うのは、やめてくれ」
それは悲痛な叫びかのように聞こえた。
少女は目を伏せる。
てっきり彼は、自分の思いが伝わったのだと思った。
けれど彼女は言う。冷ややかに言う。
「あなたは何も知らないから、そんなことが言えるのよ」
「何も知らない、だと?」
「ええ、そうよ。あなたは本当のことを知らない。だから私の気持ちなんて分からないわ」
「本当のことって……一体何なんだ」
「それは言えない」
「どうして?」
「……それを知ってしまうと、あなたはきっと、受け入れることが出来ない」