微笑みと共に、世界は眠る
「……なあ、セーラー服というのを知っているか?」
青年は静かに口を開けた。
「セーラー服? 異国について書かれた本で見たような……。確か戦前にどこかの国の制服としてよく使われていたと記されていた気がしたなあ」
どこの国だっけかなあ、と男は頭を傾けた。
「まあとにかく、今じゃそんなもん着てる奴なんていないさ。戦争が始まって六十年以上は経っているんだからな。むしろその服のことを知っている奴なんてもうほとんどいないだろう」
「そうか……」
「セーラー服がどうかしたのか?」
「いや、別に。ちょっと気になっただけだよ」
「ふーん、そうかい」
二人は壁に取り付けられた小さな灯りのある階段を降り始める。
「俺は遅くなるから、お前は先に行っとけ」
「でも一人だと不便じゃ……」
「気にするなって。お前はさっさと戻ってゆっくり休みな。明日もあるんだしよ」
「……わかった。お大事にな」
一人さっさと薄暗い階段を下りて行く。
何か、胸に引っ掛かるものがあった。
それは先ほど思い出した何かのことなのか、それともまた別のことなのか、それすら彼は分からない。
階段を下り終わり、少し広めのホールへと出る。
一つの扉を通り抜け、またしばらく歩き続ける。
目の前に現れた三つの入り口の内、青年は中央の入り口に入ろうとした。
「………」
けれど胸の内にあるわだかまりのせいか、気が進まない。
「今日は真っ直ぐ帰ろう」
奇妙な光景が脳裏に映るのは、きっと疲れているからだ。そうに違いない。
小さく嘆息し、左端の入り口へと足を踏み入れる。
一晩眠れば、静まるよな……。