微笑みと共に、世界は眠る
陽は沈み、空は次第に紺碧となっていく。冷たい風が、吹いた。
「暗くなってしまう前に戻ろう。体も冷えてしまう」
彼は少女の手を握り、扉へと歩きだす。彼女は手を振り払うわけでもなく、静かにそれに従った。
「どうして、さっきの話を俺に話そうと思ったんだ?」
「……さあ、どうしてかしらね。私もよくわからない。でもなぜか、話そうと思ったの」
この環境の中で生きてきて、自分とは全く関係のない人にでも、優しさを持てる。そんな人、此処にはもうほとんどいない。
だからこそ、彼の涙の理由を聞いた時、嬉しかった。少しだけでも、安心できた。まだ、いたのだと。
けれどその彼は、異常者。
「……異常者は、可哀想ね」
「その〝イジョウシャ〟って、一体何なんだ?」
きっと聞いても、君は教えてくれないだろうけど。
「――私のことを、覚えている人よ」
「……え?」
思わず青年は足を止める。階段だったために、彼の方が少女よりも一段下にいた。
彼女を見上げるが、薄暗くてよく表情は見えない。
またも言われた意味深な言葉にもだが、それより青年は彼女が答えたことに驚いていた。
しん、と静けさが二人を包む。突然、少女は繋いでいる手を引っ張るように下り始めた。
「あ、おい」
そこから先の言葉は出なかった。それは暗闇にも慣れ、先ほどよりも辺りが見やすい分、彼女の後姿がどこか寂しげだと感じたために。
「……夜がくる前に、早く帰りましょう」
無意識に、繋いでいる手に力が入る。
――ああ、悲哀なる異常者。私に、目をつけられてしまうなんて。
少女の瞳が潤んでいることを、彼が知ることはなかった。