微笑みと共に、世界は眠る
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紺碧に染まっていく街中を歩き進め、廃家に挟まれた細い道に入る。
まるで迷路のように幾度となく角を曲がり、やがて地面から盛り上がったレンガと、そこに取り付けられている扉が現れた。
少女は手を離す。少し重みのあるその扉を開けようと手を伸ばしたが、先に青年の手が扉に触れた。軽々と、扉を開ける。
「……ありがとう」
そう言うと、彼は微笑んだ。けれど少女が中に入るとすぐに険しい顔つきになり、辺りを何度か見渡す。
まだ扉の場所は知られていないようだな。
安堵の息をつき、中に入る。扉の閉まる音が少し響いた。壁に取り付けられた灯りだけを頼りに、薄暗い階段を青年は下り続ける。
少女は四、五段先にいた。
「なあ」
「………」
呼びかけても、返事はない。しかしそんなことは気にせず、彼は続ける。
「汚染されていない海の写真を、持っているんだよな」
「……ええ」
彼女は振り向かない。
「他にも戦前頃の写真を持っているのか?」
少女は足を止める。二段程距離を縮め、青年も足を止めた。
「どうして?」
「壊されてしまう前の姿を、見てみたいんだ」
「………」
静かに、彼女は振り返る。
「子供が見れば、それはきっと希望となるわ。でも大人が見ても、諦めになるだけよ」
それとも、と続ける。
「あなたは戦前の光景を取り戻せるとでも思っているの?」
「そりゃ時間はたくさん掛かるさ。でも戦争が終われば、いつかは元の姿に戻ると、俺は信じている」
たとえ俺の生涯がとっくに終えていても、それでもいつか、きっと。
それを、俺は望んでいる。