微笑みと共に、世界は眠る
「――ああ、本当に」
彼女は階段を降り終わり、振り返る。
「何も知らないその無垢な心が、羨ましい」
震えている声に、悲しげなその笑みに、青年は声が出なかった。
「あなたが、〝私〟だったらよかったのに」
そうならば、まだ希望はあったでしょうね。
青の掛かった翡翠色の虚ろな瞳が、真っ直ぐと彼を見つめた。
凛とした声で、それは聞こえる。
「永遠に、戦争は終わらないわ」
「……そんなこと――」
「現実的じゃないって?」
「……っ」
青年は息を詰まらせるだけで、何も言い返さない。その姿に、少女は嘆息した。
「あなたは現実主義過ぎる。だから私は、戦争が終わらない理由を教えることができない」
あなたはそれを受け止めることも、理解することもできないから。
おやすみなさい、と言った彼女の瞳は、相変わらず希望の光などない、まるで負の感情に満たされているかのように、虚ろであった。
寂寥たるその決して広くはない空間で、彼は去りゆく少女の後姿をただ見つめる。
その姿が見えなくなると、力が抜けたかのように階段に座り込み、頭を抱えた。
「現実逃避したって、何も報われないじゃないか……」
青年は知らない。本当の現実が、さらに酷薄だということを。
切願と希望。非望と責務。そして、絶望。
少女とそれを取り巻くもののすれ違いなど、彼は知る由もないのだから。