微笑みと共に、世界は眠る



青年の瞳から、涙が零れ落ちる。

「………」

少女は目を伏せた。

「何、で……」

大切な、俺の弟。彼の顔を、存在を忘れてしまうことなんて、ないはずなのに。

彼は膝から崩れ落ちる。右手は額を押さえ、もう一つの手は冷たいコンクリートに触れていた。

「何で俺は……」

唇が震えて、うまく声が出ない。震える手を、握り締める。

殺してしまった後も気付かなかった……。一度も会ったことのない奴だと、思っていた。

「俺が……俺が……ああああああ!」

頭を抱え、うずくまる。冷たい風と混ざる青年の叫声は、あまりにも悲痛だった。
止め処なく、涙は零れ落ちる。

「………」

声を掛けることが、少女にはできなかった。全ての元凶は、彼女なのだから。
むせび泣く彼の姿に彼女は歯を食い縛り、嗚咽する声に、耳を塞ぐ。

――ああ、私のせいだ。私のせいで、彼が苦しむはめになってしまった。
悪いのは全て私なのに、それを言うことができない。言ってしまえば、それはこの世界の〝秘密〟に繋がってしまうから――。


空が、紺碧に染まっていく。廃れた街が、眠りに入ろうとする。
青年が悲しみから解放される様子はなかった。



< 44 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop