微笑みと共に、世界は眠る
*1
薄雲は晴れ、茜色に染まっている空が姿を現す。寂れた街中を、青年はただ呆然と見下ろしていた。
冷たい風が頬に当たる。後ろから聞こえてくる古びた音に、彼は振り返る。
「お待たせ」
白銀の髪を靡かせ、少女は歩み寄ってくる。一冊の古めかしい本を抱きかかえていた。
( 先に、あのビルの屋上へ行ってて )
座り込んだままの青年を見下ろして、彼女は言った。
( ……今度は、守るから )
どこか切なげな瞳で、彼を見つめた。
「これを」
少女の声に、青年は我に返る。手渡された本を、おもむろに開ける。
「これは……」
その古めかしい本にはページ毎に一枚の写真が載っていた。
汚染され、紺碧に染まったものとは全く違う、深く青い海の姿や、岩壁を勢いよく流れ落ちる水に掛かる、七色の橋。
見たことのない絶景に魅せられ、彼は何枚ものページを捲り、ひとつひとつ写真を眺めていく。
するとひとつだけ角が折られているページがあることに、青年は気付いた。
そこにはレンガ造りの建物ばかりがある、落ち着いた雰囲気の街並みが載っている。
「その写真は、この街よ」
「……え?」
思わず青年は壊れた廃墟ばかりの街を見下ろし、そして写真を凝視した。
この写真に写っている街が……この街?
あまりの姿の違いように、彼は目を疑う。