微笑みと共に、世界は眠る
「……こんな話、信じられないでしょう?」
悲しそうな、その微笑み。彼はそっと口を開けた。
「……どうして、その石の――スピラの力を、本物の世界のために使わなかったんだ」
自分たちの住む世界を再生させることも、可能だったはずだ。
「使えなかったのよ。本物の世界で、スピラが力を発揮することはなかった。理由はわからない。けれど私はこう思うの。〝本物の世界は、枯れすぎてしまった〟」
いつかこの世界が、本物の世界と同じように枯れてしまった場合、そのとき私は、消えてしまうのだろうか。消えてしまうのならば、それは後どれくらい先のことなのだろう。
間を置き、彼は言う。怪訝な顔をし、言う。
「君の肉体がいくら傷つこうと、核(コア)に傷が入らない限り、君が死ぬことも、この世界が傷つくこともないのか?」
ええ、と彼女は答える。
人間の器をこの世界に移し終え、そして彼女が彼らに生命(いのち)を吹き込む前に、研究者たちは言った。
「〝私〟は永遠の存在。生まれ変わることもなければ、死ぬこともない」
〝死にたい〟などという感情が芽生えないように、彼らは彼女の全ての感情を薄くした。
そして万が一の時のために、彼らは彼女に与えた。ひどい〝責任感〟と、〝罪悪感〟を。
少しでも彼女がこの世界を壊したいと思った時、永遠から解放されたいと思った時、その二つが重く彼女に圧し掛かり、苦しむようにした。
そうすれば、彼女は自分を消すことができないから。
「歪んでしまった世界の中、私は死にたいと思った。この世界から、解放されたいと思った。けれど私の願いが叶うことは決してないの」
だから、と続けて言う。
「私は死ねない。だから核(コア)以外の私を傷つけて、せめて死ぬ感覚だけでも味わうの」
私はあまり痛みを感じないように創られてしまったせいで、静かに力が抜けていく感覚でしか死を味わうことができない。
けれど、それでも私は死という感覚を味わわなければいけない。
「話はこれで終わり」
少女は青年の手から本をとる。沈む夕陽を一瞥した。
「帰りましょう。そしてもう――」
扉に向かって一歩踏み出そうとした、その刹那、彼女は腕を引かれる。本は音を立て、コンクリートの上に落ちた。