微笑みと共に、世界は眠る


「もしかしたら、咲くかもしれない」

少女の口から、希望が込められた言葉を聞いたのは、それが初めてだった。
以前見たとき、蕾の大きさは十センチほどで、確かに垂れ下がっていた。けれど今見てみると、三十センチほどの大きさになっており、そして蔓をくねらせ、蕾は少し上を向いていた。

「……いつ咲くのかしら」

じっと、彼女は蕾を見つめ、優しく撫でた。

「………」

胸を締め付けられるかのような悲しみが、青年を襲う。
壊されていく自分の世界を、創りあげた世界の〝中身〟が枯れていくのを、ただ一人見つめ続ける、悲哀なる一人の〝少女〟。

「明日、また来よう。明日もだめだったら、明後日も来よう。咲くまで、待ち続けるんだ」

その言葉に、少女は顔を上げる。

「そうね」

彼女は微笑む。それは悲しげでも切なげでもなく、嬉しそうな表情だった。


旧市街を後にし、新市街に戻る。少し肌寒い風が、二人の間を通り過ぎる。少女は自分の伸びた影を見つめ、青年は紺碧の空を眺めていた。

「ねえ」

おもむろに、彼女は言う。立ち止まり、両手で抱えている本をぎゅっと抱き締めた。
彼は次の言葉を待ったが、少女はなかなか口を開こうとしない。

「……どうしたんだ?」

青年の声に、彼女は何か言おうと口を開けたが、また閉ざし、唇を噛み締める。

「言いたくないのなら、無理に言わなくていいんだよ」

月明かりで煌めく白銀の髪を、彼はくしゃっとする。胸が締め付けられるのを、彼女は感じた。

「……あなたは、千年桜の写真を見たわよね」

「あの大樹の写真、だよな。ああ、見たけど……」

冷たい風が、頬に当たる。靡く白銀の髪は、いつ見ても美しい。


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