微笑みと共に、世界は眠る
どうせ誰の思い出の中にも存在することができないのならば、もういっそ初めから、誰とも関わらなければいい。
そうすれば、私は忘れられた時の悲しみを、寂しさを、味わわなくて済むから。
「どうして、記憶の操作なんて……」
青年は立ち止まる。そして少女もまた、立ち止まった。
彼女は顔を上げるが、その目は彼に向けられることなく、薄雲に覆われた紺碧の空を見つめていた。
「私は衰えることも死ぬこともない、永遠の存在。何十年もの間、姿が変わっていないと気付けば、あなたたち(人間)はおかしいと思うでしょう? そして、自分とは異なったその不気味な存在を拒絶し、傷を負わせようとする」
冷たい風が髪を靡かす。青の掛かった翡翠色の瞳は、悲しげだ。
「――〝私(コア)〟は、決して傷ついてはいけない存在。何かのもめ事に巻き込まれたせいで、世界が傷ついてしまった、なんて許されないわ」
彼女は目を細める。紺碧の空に煌めく星はなく、いくら夜空を見つめようと、ただただ、虚しくなるだけだった。
「……だから俺は、〝異常者〟なのか」
それは小さな声だったが、静まり返った街中にいる少女にとって、その声はよく聞こえるものだった。
少女は歩き出す。繋いでいる手を引かれ、青年も前に出た。
「あなたの中から、私は消えなかった」
白銀の髪を靡かせ、彼女はあの時、彼の胸を押した。
( だから、忘れて。他の人たちと同じように )
揺れた視界。意識が薄れる中聞こえてきたものは、切なげな声。
「忘れさせようとしたのに、あなたは思い出してしまった」
廃家に挟まれた迷路のように入り組んだ細道を、二人は歩いていた。少女は前を歩いており、一体どのような表情をしているのかはわからない。
「……じゃあ君はどうして、異常者(俺たち)を哀れむんだ?」
可哀想だと哀れむほど、彼女のことを覚えているのは、だめなことなのだろうか。