微笑みと共に、世界は眠る
「………」
彼女は黙り込む。それでもしばらく、青年は少女の言葉を待った。
地面から盛り上がったレンガに囲まれている扉の前で、少女は立ち止まる。
繋いでいた二人の手は、解ける。
「……は」
そしてようやく彼女が口を開けたのは、彼が扉を開けている時だった。え? と彼は聞き返す。
「……異常者は、私に目をつけられてしまうから」
少女は俯いていており口元しか見えないが、それでも悲しい表情をしているのだろうとわかる。
「目をつけられる? 君に?」
ええ、と彼女は言う。そして、続けた。
「……誰も、私のことをはっきり覚えていない。いくら一緒にいても、一日経てば私はその中からいとも簡単に消えてしまう」
人々の記憶に残らない寂しさ、悲しさ。そして、虚無。
「だからこそ、〝そうでない人(異常者)〟と出会ったとき、私は少なからず喜んでしまう」
彼、彼女の記憶(中)に、私は存在することが出来るから。
「そして私は悲しむの。異常者が私と関わっていいことなんて、なかったから」
だから私は、恐れる。
また私は、異常者を――唯一私のことを覚えていてくれる人を、私のせいで殺してしまうのではないかと。