微笑みと共に、世界は眠る


「……あなたは〝弟〟を殺してしまった。けれどその〝弟〟は、あなたが殺すずっと前に、一度亡くなっているわ。そしてその時に〝別の人格〟が〝器〟に吹き込まれ、新たに〝彼〟は立ち上がった」

「……アイツが一度死んでしまったせいで、俺は〝弟の姿〟を思い出すことができなかったのか?」

「いいえ。それは少し違うわ」

違う? と青年は怪訝そうな顔をする。

「もしあなたが普通の人だったら、あなたの頭の中では〝弟はずっと前に戦死した〟という創られた記憶が組み込まれるの」

「……創られた、記憶?」

ええ、と言って、彼女は薄暗い天井を見上げる。少しして、少女はまた口を開けた。

「そういえば、あなたは今も毎日病院に寄ってから、帰っているの?」

「……病院? 毎日どころか、一回(、、)も(、)行ってないけど……」

何を言っているんだ、とでもいうかのような顔をして、彼は彼女を見る。

「――じゃああなたの母親は、今も生きているの?」

「……いや、生きていない」

「………」

ああ、たとえ異常者であっても、

「母は弟を産み、数年後に亡くなった」

それに気付かないこともあるのね。

( 母の見舞いに、いつも病院へ寄ってから帰るんだ )

あんなにも、母親思いだったのに。

あなたは持病と闘う母親の姿を、忘れてしまった。


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