微笑みと共に、世界は眠る
「――それが、〝創られた記憶〟よ」
二人の視線が絡まる。青年は口を開けたまま、黙り込んだ。
「あなたは私と出会った時、私に言った。〝持病が悪化した母の見舞いに、毎日病院へ寄っている〟と」
「……それは、本当か?」
そんなことを言った覚えがなければ、病院へ行った覚えも全くない。それに違和感すら、何もなかった。
「おそらくあなたの母親は一週間ほど前に亡くなり、そして蘇生した。だからあなたの記憶は塗り替えられたのよ」
「……でも、弟の時は違和感を覚えた」
「それは――」
少女はおもむろに一段、また一段と階段を下り始める。彼も後を追うように、下りだした。
「それは弟に対して強い思いを持っていたからよ。本当は過去を気にすることも思い出すこともないけれど、異常者はそれが違う。ある記憶に対して強い思いを持ったり、強い印象を持てば、それを思い出したり、気に掛けたりしてしまうことがあるの」
「……そう、なのか」
彼は胸元を握り締める。
( あなたの名前はね―― )
脳裏に映る、女性の微笑み。けれどその顔はぼやけていて、うまく思い出せない。
それでも確かなのは、その女性が〝母〟であるということと、あの時与えられた優しさと温もりは、彼女のものということ。