微笑みと共に、世界は眠る


「――それが、〝創られた記憶〟よ」

二人の視線が絡まる。青年は口を開けたまま、黙り込んだ。

「あなたは私と出会った時、私に言った。〝持病が悪化した母の見舞いに、毎日病院へ寄っている〟と」

「……それは、本当か?」

そんなことを言った覚えがなければ、病院へ行った覚えも全くない。それに違和感すら、何もなかった。

「おそらくあなたの母親は一週間ほど前に亡くなり、そして蘇生した。だからあなたの記憶は塗り替えられたのよ」

「……でも、弟の時は違和感を覚えた」

「それは――」

少女はおもむろに一段、また一段と階段を下り始める。彼も後を追うように、下りだした。

「それは弟に対して強い思いを持っていたからよ。本当は過去を気にすることも思い出すこともないけれど、異常者はそれが違う。ある記憶に対して強い思いを持ったり、強い印象を持てば、それを思い出したり、気に掛けたりしてしまうことがあるの」

「……そう、なのか」

彼は胸元を握り締める。

( あなたの名前はね―― )

脳裏に映る、女性の微笑み。けれどその顔はぼやけていて、うまく思い出せない。
それでも確かなのは、その女性が〝母〟であるということと、あの時与えられた優しさと温もりは、彼女のものということ。


< 78 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop