君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「せいっ」


鞠子の威勢の良い声と、


「うっ」


おれのみぞおちに鈍痛が走ったのは、ほとんど同時だった。


小さな拳がめりめりと食い込んでくる。


「がはっ……ま、まり……」


息ができない。


なんて恐ろしいもやしっ子だ。


おれはみぞおちを両手で抱きしめながらうずくまった。


「かあああ」


声にならない声でうめくおれに、鞠子が言った。


「ね、だから言ったでしょ。わたし強いって。小学生の時、極真空手習ってたの」


それを先に言え。


知っていたら挑発なんて絶対にしなかったのに。


悶えて悶えて、ようやく呼吸が平常に戻り始めたおれの前に、


「修司、ごめんね。まだ痛い?」


と鞠子がちょこんと正座した。


「本気で拳入れる気はなかったんだよ」


「……お前さ」


けほっと咳払いをして、おれはやっと体を起こしてどしっと座り直し、テーブルの脚にもたれ掛った。


「何で野球部のマネなんかやってんだよ。空手部とか入るべきだったんじゃねえの?」


冗談交じりに笑うと、鞠子もつられたように笑った。


そして、おれのみぞおちにそっと触れて、


「ごめんね。痛かったよねえ」


と本当にしゅんとしてうつむいてしまった。


おれは笑いながら鞠子の頭を弾いた。


「野球部のマネにしとくにはもったいねえかもな。その才能」


はしっ、と鞠子の手が、おれの右手首を捕まえる。


「でももう。やめるなんてできなくなっちゃった」


鞠子の手が震えていた。


そして、その声もだ。


「やめれないよ、もう」


「え……?」


うつむく鞠子の髪の毛が蛍光灯の明りを吸収して、きらきら輝く。


「だって、一緒に居たいから」


鞠子がおれの腕をぎゅうっと掴んでくる。

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