君に届くまで~夏空にかけた、夢~
――あの! あの、すみません! 先輩!


鞠子と初めて会話したのは、まさにこの部室だった。


振り向くとひょろひょろで小さい女が背後に立っていた。


――安西鞠子です! 1年です! よろしくお願いします!


今日からマネージャーになりました、と緊張しているのか、意気込んでいるのか、顔を強張らせていた。


――あ。おれも1年なんで。先輩じゃないっす


――えっ、やだっ。嘘でしょ?


と鞠子は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、


――詐欺! 年齢詐欺!


とおれを指さした。


その日、その時、部室に居たのはおれと鞠子だけで、他には誰も居なかった。


おれは先輩に頼まれたスコアを探していて、そんなおれを鞠子が先輩だと勘違いしてしまったらしかった。


――詐欺って……おれ、そんなに老けてるんすか?


――だって、すごい大きいから先輩かと思った!


恥ずかしい、とうつむいた鞠子に、おれは手を差し出した。


――これから3年間、よろしく。おれ、平野修司って言います


――平野くん


――あ、修司でいいよ。同じ1年なんだしさ


すると、鞠子は大粒の目をぱっくり見開いて、手を握り返して来た。


――すっごい! 


そして、ちょっと来て! 、と小さな体でおれをぐいぐい部室の外へ連れ出した。


――ねえ、修司。この手、空にかざしてみて


――え……こう?


言われたように右手を春の空にかざすと、鞠子は両足でぽんぽん飛び跳ねて、きゃっきゃっと楽しそうにはしゃいだ。


――あの空に、届きそう!


――……何言ってんの。無理に決まってんじゃん


――あの空、掴んでみてよ


――どうやって?


――ぐーぱーぐーぱーしてみて


――……はあ


おれは小首を傾げて苦笑いしながら、掴む事なんてできない青空を掴む仕草を繰り返した。


ぐーにすると拳が太陽と重なって、ぱーにすると指の隙間からお日様が木漏れ日のように降り注いだ。


――すごいね!


――え?


――修司の大きな手なら、あの青空も簡単に掴めちゃうね!
< 103 / 193 >

この作品をシェア

pagetop