君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「先輩が告られたんだと思ってました」


何言ってんだよ、と溜息まじりに、菊地先輩がどしっとベンチにもたれかかる。


「おれ、4回振られてるから。5回目でやっとオッケーもらったし。しかも、しぶしぶのオッケーな」


「まじですか」


「大マジ」


気付いた時にはもうふたりは付き合っていたから、そんな苦い過程があったなんて想像もしなかったけど。


でも、女の噂が常に絶えないような、こんなかっこいい先輩が4度も振られていたこと。


それでもめげずにアタックを重ねる、菊地先輩。


「そうだったんすかあ!」


5度目にやっとオッケーをもらえた時のその表情を想像すると、少し可笑しくて、笑ってしまった。


「菊地先輩が4回も! ははあ、そうだったんですかあ!」


「おめえ、今、ばかにしただろ」


ぎろり、と睨んで来た菊地先輩が、おれの脇腹をペットボトルでどすっと突いた。


「してませんよ! してないっす!」


「やろー! 笑ったべや! そもそも、その面! 完全にばかにしてんじゃねえかよ」


「おれ、もともとこういう顔なんんすよ、本当に」


笑いながらじゃれあったあと、菊地先輩が夜空を見上げながら言った。


「なんでだろうな」


「何がですか」


「うまくいかなかったりすると投げ出したくなんのに。別れようとか悩むんだけど。諦めらんねえんだよな」


おれも、夜空を見上げる。


「そういうもんなんですか、恋って。そういうの、おれにはよく分かんないっす」


誰かを好きになるとか、誰かと付き合うとか。


おれにはよく分かんねえや。


「……分かんないっすね」


カシオペヤ座を見えない線で結んだ時、菊地先輩は意味深に笑った。


「じゃあ、平野は諦められんの?」


「え? いや、おれは彼女とかいないっすから」


違くて、と菊地先輩が姿勢を直した衝撃でベンチがギシッと軋んだ。


「平野はさ。何でこんな地獄みたいなきっつい練習に耐えてまで、野球続けてんの?」


「……え?」


カシオペヤ座から視線を外して隣を見ると、菊地先輩と目が合った。

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