君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「名門桜花だってな、負ける時は負けんだよ。こんな地獄みたいな練習したってな、確実に甲子園に出場できる保証なんかねえのに、何で平野は諦めねえんだよ」


そう聞いて来た菊地先輩の瞳は、今、夜空に輝いている星たちよりもちかちか光っていて、生き生きしていた。


「好きになってしまったから。ですかね。野球を。まじで好きだからっすかね」


ハッとして、あっ、と声が漏れた。


もしかして、そういう事なのだろうか。


「人間て、変な生きもんだよな。興味ない事は見向きもしないのにな。好きな事とか、女とか、なんでか諦めらんねんだよな」


確かに、その通りかもしれない。


「はい」


好きになってしまったものはどうしようもない。


おれは、完全に完璧に、野球に惚れこんでしまったのだから。


今更、諦めるなんて、できっこないのだ。


「平野」


と、残りを一気に飲み干して、菊地先輩は勢いよくベンチを立った。


「これ」


そして、空になったペットボトルをおれに握らせ帽子を取り、気を付けをした。


「何すか。何なんですか」


事の状況をいまいち把握できないまま、おれはのそのそと立ち上がった。


次の瞬間だ。


「平野、悪かった。ごめん」


そう言って、菊地先輩が頭を下げる。


膝に額がくっつきそうなほどでっかい体を折り曲げたまま、


「それで、おれを殴れ」


と先輩は言った。


「な……何言ってんすか。できないっす! んな事できないっす!」


頭上げて下さい、と菊地先輩の肩に手を添えて体を起こそうとするおれを、


「頼む、一発」


と先輩は突き放した。


「おれ、完全にどうかしてた。平野にやつあたりしたってどうにもなんねえのに。悪かった」


菊地先輩の言いたい事が、その真剣な声と態度にはっきりと表れていた。


おそらく、あの涙の日から昨日の一件まで、全てをひっくるめて、先輩は謝っているのだろう。


「これは先輩命令だ。一発殴れ」


「……じゃあ、遠慮なく」


ペットボトルのキャップ部分をぎゅっと握りしめる。


「おう。ひと思いにガツっと来い」
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