君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「お……おす」


ぶん、と右手を振り上げ、一気に振りおろし、でも、直前で止めて、


「と……とう」


弱い力で先輩の頭をペットボトルで叩いた。


ぺけん、と間抜けな音がした。


「なーんだ! その叩き方は!」


がばっと顔を上げて、菊地先輩がおれからペットボトルを奪い取る。


「おれが手本見せてやる! 叩くってのはこうだ!」


菊地先輩がおれの頭をペットボトルで叩くと、ぱこっと少し良い感じの音が鳴った。


「いってえ! 何でおれが叩かれなきゃいけないんすか?」


強引にペットボトルを奪い返して、叩き返す。


ばこ。


「んだ、てめー! 何回も叩くんじゃねえよ」


奪い返され、叩き返される。


ぼこっ。


奪って、奪われ、奪い返して、奪い返される。


ぺこ、ばこ、ぽこ、べこ。


空っぽのペットボトルでも、何度も叩かれるとさすがに痛くなってきて、


「「いってえ!」」


おれたちは引き分けのまま、またベンチにどさりと座って、同時にげらげら笑った。


夜の敷地内に、笑い声が反響した。


せっかく引けていた汗が、再び吹き出す。


嬉しくて、楽しくて、気分爽快だった。


やっとだ。


やっと、いつもの関係に戻れた。


それがたまらなく嬉しくて、少しだけ、泣きそうになった。


「あー、いてえ」


坊主頭をさすったあとに帽子を被り、


「で、平野、何て返事したんだよ」


と、菊地先輩が監督のように腕組みをした。


「返事って、何の返事ですか」


「返事っつったらおまえ、イエスかノーだべ」


菊地先輩がおれの帽子のつばをぺけんと叩く。


おれはずれた帽子の位置を直しながら顔を上げた。


「何するんすかー」


そして、残っていたスポーツドリンクを口に含んだ瞬間、


「鞠ちゃんに告られたんじゃねえのかよ」


おもいっきり、ブッハーと吹き散らした。


「きったねえ!」


スポーツドリンクを被った菊地先輩が飛び跳ねるように立ち上がった。
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