君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「平野、てんめえ」


「す……す、すいませっ……」


おれはゲフゴフ咳き込みながら、急いで練習着の上を脱ぎ、それでごしごし菊地先輩の顔を拭いた。


顔から火が噴きそうだ。


「あー、いいいい。どうせ風呂入るし」


と菊地先輩が上着を脱ぐ横で、おれはくしゃくしゃの上着を握りしめ、芝生の上に両膝を着いた。


顔面がゴウゴウ煮えたぎる。


だらだら、だらだら、変な汗が吹き出した。


ノースリーブのアンダーシャツも汗でくっしょりになっていた。


「おお、その新鮮な反応は図星だな」


「あの、なんでっ」


知ってるんだ。


さっきな、と話しながら菊地先輩も芝生に腰を下ろした。


「お前のこと探してたら、すんげえ顔した鞠ちゃんが部室から飛び出してきてさ。ぶつかったのに何も言わねえで、すっげえ勢いで帰ってったから」


ああ、これは言ったなと思って、と菊地先輩は涼しげな口調で続けた。


「いや、実はけっこう前から相談受けてて」


「え。何、どういう事っすか」


立ち膝のまま前のめりになると、菊地先輩はけらけら笑って、おれの右肩をぐうでど突いた。


「お前も隅に置けねえあんちくしょうだな!」


鞠子は、時々、菊地先輩に恋愛相談なるものを持ちかけていたらしい。


「まあ、うすうすは感づいてたんだろ?」


うりうり、と菊地先輩が肘でおれを突いてくる。


でも、おれが「いえ」と首を振って否定したその瞬間にぴたりとやめて、同時に笑みも消えた。


「嘘つかなくていいから」


「いや、嘘じゃないっす」


「……全く? 全然?」


「はい」


「またあー。冗談だろ?」


へへ、と菊地先輩が引き攣り笑いをする。


「いや、真面目に」


はは、とおれも引き攣る。


「いやいや。だってお前……鞠ちゃんの態度見てりゃ明らかだっただろ」


「……どこが、ですか」


真面目な顔を近づけると、


「まじで言ってんのか?」


いつになく真面目な表情で、菊地先輩も顔を寄せて来た。


おれは、こく、と頷いた。


「お前、まじであんちくしょうだな!」


菊地先輩はペットボトルでおれの頭をぽこっと叩いたあと、自分の太ももをばこっと強く叩いた。


「おれは平野よりもっと、あんちくしょうだ!」


うわあ……参ったなあ、と菊地先輩は目頭をつまみながら、背中を丸めて大きな大きな溜息を落とした。

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