君に届くまで~夏空にかけた、夢~
何だ。


この空気は。


「それで、どうなんだよ、平野は。お前は鞠ちゃんのこと、どう思ってんだよ」


「いや……おれは……好きとかそういうのは」


ないです、と同時に、ああーっ、と菊地先輩がうなだれる。


「……一応、聞くけど。何て返事したんだよ」


「いや、それが。返事という返事はしてないっす」


「はあ?」


「違うんすよ。する前に、あいつ、部室飛び出して行ったんで」


言い逃げかよ、と菊地先輩が背中を丸めた。


「いや、参ったな……きっまずー」


きっまずー! 、と叫び出しながら、菊地先輩は背中から芝生に倒れ込んで、大の字になった。


低飛行する夜風が、さわさわと芝生を揺らす。


「実はよう」


むっくりと体を起こして、菊地先輩が顔を近づけて来て、ひそひそと小声で言った。


「おれ、鞠ちゃんに期待させるような発言しちゃったかも」


「……どういう事っすか」


別にやましい事を企んで会議をしているわけでもないのに、なぜだかつられておれまで小声になった。


「いや、な」


これは言い訳になるかもしれないんだけど、と菊地先輩が続ける。


「だって、お前も鞠ちゃんに気があると思ってたからさ。たぶん、お前ら両想いだぜって、自信持てよ、的な……」


的な、ともうひとつ繰り返して、菊地先輩がにたついた。


「……えええーっ! まじっすかあー! 何でんな事言ったんすかー!」


おれのでっかい声に、菊地先輩が「わりいー」と肩をすくめる。


でも、ここで、菊地先輩を責める権利など、おれにはない。


「おれも……悪かったんすよね。たぶん」


肩をすくめると、菊地先輩が顔を上げた。


「なんで?」


「だって、たぶん。勿論、知らず知らずですけど。先輩の目にそう見えてたってことは、おれもそういう微妙な態度とってたってことなんですよね。たぶん」


そういう事になるんじゃねえのかな……。


だとしたら、やっぱりおれは、あんちくしょうだ。


「いや! 平野は悪くねえよ。おれが勝手に突っ走っただけだから。後でおれから謝っとくよ」


「いえっ!」


とおれは勢いよく立ち上がった。
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