君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「……え」


弾く力の優しさが半端なくて、おれは躊躇気味に顔を上げた。


「平野修司の、そういう真っ直ぐでひたむきなところに惚れたんだな。あの子は」


何なんだ……。


何でか……おれは今、泣きそうだ。


「よっしゃ。オッケ。先輩がひと肌脱ごうじゃないか!」


着いて来い、と菊地先輩は自分とおれの上着を小脇に抱えて、全速力で寮に向かって駆けだした。


「まっ、待って下さい! 菊地先輩!」


すかさず、追いかける。


全室に煌々と明かりが灯っている寮を見上げて、


「居てくれよ」


と菊地先輩は神頼みでもするかのように合掌して、すすうーと大きく息を吸い込んだ。


柳の木の根元に2着の上着をべんべん投げ置き、ノースリーブの黒いアンダーシャツからむき出しの両手で夜を仰ぎながら、先輩は叫んだ。


「神様ー! 仏様―! 深津様ー!」


と。


2階の一室の窓辺に、深津先輩がぬうっと姿を現した。


「大輔?」


網戸ががらりと音を立てて開く。


「何やってんだよ、お前ら。まだんな格好してんのかよ」


「いいから! おれの携帯とって! ベッドの枕元にあるから!」


と菊地先輩が叫ぶと、深津先輩が首を傾げた。


「何でや?」


「みなまで聞くな! 何も聞かずに協力してくれ!」


腑に落ちない顔でひょいと姿を消した深津先輩が、またすぐに姿を現した。


「落とすなよ! 取れよ! 落としても、おれは責任はとれねえ」


「オッケー」


と菊地先輩が両腕をぶんぶん振る。


おれはハラハラした。


深津先輩がスナップを効かせて放った携帯電話がわずかな角度をつけて、無回転のまま急降下してくる。


2階といえども精密機械には致命的な高さだ。


落ちたらもう、使い物にはならないだろう。


落下する携帯電話から目を反らして、おれは「ぎゃっ」と手で目を塞いだ。
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