君に届くまで~夏空にかけた、夢~
ぱしっ、と歯切れのいい音がして、指の隙間から見てみると、


「さーすが! 桜花のエースはコントロールが冴えてんねえ!」


携帯電話はしっかりと菊地先輩の左手の中におさまっていた。


ほっと胸を撫で下ろす。


「あ、あとさー、チャリンコの鍵も落としてくんねえ?」


「はあー? 何でや、どっか行くのかよ!」


「だーかーらーあ! みなまで聞くなって!」


「何なんだよ、てめーらはよう!」


ぶつくさこぼしながらも、深津先輩は窓からぽーんと鍵を投げてくれた。


それは吸い込まれるように菊地先輩の右手におさまった。


「さーんきゅ! あとさあー」


「何やー! まだ何かあんのか?」


「点呼に間に合わなかったら電話すっから、鍵開けてくれねえかなあ! とー! おれと平野のアリバイ頼むなー!」


それに対して、深津先輩は一切何も詮索してくる事はなかった。


「はいよー! 何でもいいけど、気を付けてくれよな!」


おう、と携帯電話と自転車の鍵を手に、


「着いて来い、平野」


と再び、菊地先輩が駆け出した。


「えっ、ちょっと! どこ行くんですか!」


慌てて追いかけようとしたおれを、


「平野!」


と深津先輩が呼び止めた。


「はい」


返事をしながら振り向いて、帽子を取る。


部屋の窓辺に手を着いて、深津先輩は笑っていた。


「良かったなあ、平野! 大輔と平野はやっぱこういう関係であるべきだ!」


じゃあな、と右手を上げた深津先輩は閉まる網戸の向こう側に姿を消した。


「はい……はいっ!」


その一室に深く一礼して帽子を深く被り、おれは駆け出した。


「菊地先輩! 待って下さい!」


たたたたた、と軽快に駆けて行く憧れてやまぬその大きな背中を追いかけて行くと、


「ええっ!」


そこは女子寮の玄関前だった。


「菊地先輩! 駄目ですって! まじでやばいっすよ!」


おれはおどおどしながら、先輩のアンダーシャツを引っ張るけど、先輩は平気な顔で電話を掛け始めた。


「こんなとこ誰かに見られたらまじでやばいっすよ!」
 
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