君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「実はよう……」


と菊地先輩が事の事態をおおまかに説明すると、千夏はやっぱり難しい顔をして、


「まあ、野球部のマネージャーだから。関わらないで欲しいって言っても無理だろうけど」


「え……それってどういう意味ですか」


と首を傾げたおれを見つめながら続けた。


「あの子の家庭内事情、複雑だから。深く関わらないでもらいたいの」


どういう事なのだろう。


「あの、それって」


と食い気味に詰め寄ったおれに、


「あ……何でもない。今の忘れて」


と苦笑いしながら、


「引っ越しとかしてないなら、間違いなく住んでるはずだけど」


千夏は近くにあった白くて不格好な石を素早く掴んだ。


「えっと、ここが現在地。桜花ね」


がりがりと石をアスファルトに擦り付けて、千夏が地図を描き始めた。


ふむふむと頷きながら、その色白の手元を菊地先輩が携帯電話のライトで照らす。


「桜花を出てすぐ右に行くといったん大通りに出る。で、すぐに左に曲がって、川沿いを真っ直ぐ……」


千夏の説明も、そのあまりにも簡単すぎる地図も、おれの頭には入ってこなかった。


おれは、完全に上の空だった。


カン、と千夏がアスファルトを石でひとつ叩いた音でハッと我に返った。


「ここ。旭川2丁目だから」


千夏は、言った。


“あの子”と私は同じ中学出身なのだ、と。


“あの子”とは野球部という枠を超えた間柄にはならないで欲しい、と。


大輔にも、修司にも、と。


菊地先輩の自転車に二人乗りをして、おれたちは夜の風を切り開くように動き出した。


「あの、菊地先輩」


でっかい背中に話し掛ける。


先輩の彼女は、“あの子”の何を知っているんですか。


「ああ? 何? もうちょいでっかい声で言って。聞こえねえや」


「……いえ。何でもないです」


「ええー? 何?」


聞く事ができなかった。


「何でもないっす」


聞けなかった。


そんな勇気、おれには持ち合わせていなかったから。
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