君に届くまで~夏空にかけた、夢~
裏門から出てすぐの角を右に曲がって、大通りへ出る。


180センチを超える男2人を乗せた自転車が、ギコギコ、悲鳴を上げる。


でも、その悲鳴に反発するかのように菊地先輩はさらに自転車を加速させた。


大通りはこの時間でも車の交通量が多くて、まるで別世界に迷い込んだような気分になる。


コンビニを一気に通過してすぐの角を左に曲がると、夜の川沿いに出た。


川沿いは道幅が狭く、人の気配は一気に途絶えた。


川に沿って、てん、てん、てん、と数本の街灯だけが細い道を照らしていて、元寂しげな場所だった。


鞠子は毎日、練習のあと、こんな暗い夜道をひとり歩いて帰っていたのだろうか。


大袈裟かもしれないが、こんな暗くて物寂しげで、物騒な道を。


川沿いを抜けると、そこは閑静な住宅街だった。


ずらりと建ち並ぶ家々はどれも立派なたたずまいで、高級感たっぷりな造りで、どの家先にも高級車が停めてあった。


自転車が減速していく。


「先輩……何かここら辺、高級感半端なくないですか?」


ああ、と返事をしながら、菊地先輩はさらに自転車のスピードを落としていく。


「いや、実はおれも平野と同じこと考えてた」


あっ、と声を漏らした菊地先輩が急ブレーキをかける。


キッ、と猿の鳴き声のようなブレーキ音が住宅街に小さく反響した。


「おい、平野」


「どうしたんすか」


「人が居るぞ」


と菊地先輩が指さした先には、確かに人影があった。


「聞いた方が早くねえか?」


「そうっすね」


夕涼みでもしているのだろう。


玄関先で椅子に座り、団扇を手にしているおじいさんだった。


「聞いてみるか」


ガコン、と自転車を塀の横に停めて、菊地先輩が話しかける。


「こんばんは」


すると、おじいさんは団扇で扇ぐ手を休めて、にっこり笑った。


「はい、こんばんは」


ところどころ歯が抜けている愛嬌たっぷりのしわしわ笑顔に心が和んだ。
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