君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「あの、すみません」


「おたずねしたいのですが」


同時に帽子を取り、おれと菊地先輩は会釈をした。


「はい、どうぞ」


ゆったりとした、老人らしい口調だ。


「どうされましたかな」


「この辺りに、安西さんという御宅はありませんか。探しているんです」


菊地先輩が尋ねると、おじいさんはパタリパタリと団扇で顔を扇ぎながら、


「ああ、そこがそうですよ」


逆の手でおれたちを指さした。


「そこが安西さんのお宅ですよ。あなたがたの後ろ」


「「え」」


と声を重ねて、振り向く。


表札を見ると、確かに【安西】とあるのだが。


「……おい、平野」


と、菊地先輩に肘で脇腹を小突かれて、おれは頷いた。


「はい……」


同時に顔を見つめ合って、苦笑いした。


「すげ。鞠ちゃんて、まじでお嬢だったんだな」


「話には聞いてましたけどね……本当だったんですね」


ぐるりと、辺りを見渡してみる。


確かに、どこも立派なたたずまいの家ばかりなのだが。


豪邸、なんて例えたら大袈裟だろうか。


この辺りでも特にでかい家だった。


でも、何かが明らかにおかしいのだ。


「あの! すいません!」


おれは、おじいさんに駆け寄った。


「この家、人住んでますよね?」


そして、安西家を指さす。


おじいさんは優雅に微笑みながら頷いた。


「はい。住んでいますよ。お若い女性が、ひとり」


「……え?」


ぱたぱた、団扇の音が妙に大きく聞こえた。


「あの……ひとりって」


どういう事なのか尋ねようとしたおれの手を、菊地先輩が引っ張って、


「すいません。ありがとうございました」


とおじいさんに会釈をした。


おじいさんは頷き、


「はい。どういたしまして」


とにこにこしながら、夜空を見上げた。


「ああ、明日も良いお天気になりそうですなあー」


薄い白髪が、団扇の風でぱやぱやと深海の海藻のように揺れている。


夜空は夏の星座がひしめき合っていて、星が今にもばらばらと降って来そうだ。


「行くぞ」


と菊地先輩がおれのアンダーシャツを引っ張る。

< 118 / 193 >

この作品をシェア

pagetop