君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「でも! 先輩、この家おかしくないですか?」


そもそも、本当に鞠子の家なんだろうか。


「何か、へんじゃないですか? おかしくないっすか?」


おかしいのだ。


どう見ても、どう考えても、おかしいのだ。


辺りを見渡してみても、どこの家からも温かな明りが煌々と漏れ出して、通りを明るく照らしているのに。


どこの立派な家よりも立派な豪邸は真っ暗で、静寂に包まれている。


物静かというよりは、物悲しげで。


しんとしているというよりは、ひっそりと息をひそめているような感じがして。


まるで、人生に疲れて憔悴しきった人間のようだ。


住宅街の中に、ぽつねんと仲間外れにされたようにも感じられる。


門扉の中を覗いてみると、この熱帯夜なのに窓は全て締め切られ、明りもついていない。


「明らかにおかしいっすよ、この家」


本当に、鞠子の家なのだろうか。


別に「安西」があるのではないか。


そんな事が頭の中をぐるぐる廻った。


「ここじゃないんじゃないですか、鞠子の家」


「いや、たぶん……間違いねえと思う」


そう言って菊地先輩が門扉を押すと、グギギと重く錆びついた音が住宅街に伸びて行った。


「ここ、鞠ちゃんの家だと思う」


そう言った菊地先輩の横顔に、妙な違和感を覚えた。


一体、何なんだよ……この家。


温かみなど一切感じられず、夏だというのにひんやりとした冷気が漂っているほどなのだ。


まるで廃墟だ。


生活感というものが全くと言っていいほど、感じられない。


菊地先輩のあとに続いて門扉の中に入って行くと、それは一層濃くなった。


夏だというのに庭先には草ひとつ生えていなくて砂漠のようだし、ウェルカムランプには太く立派な蜘蛛の巣が掛かっていた。


あちらこちらに割れてぼろぼろのプランターだったり、園芸用のシャベルが散乱している。


建物は「おいおい、どこの大富豪だよ」と突っ込みたくなるほど立派なのに。


なぜこんなに荒れ放題なのか、不思議でたまらない。


「うわ……どうなってんだよ」


玄関先の郵便受けはダイレクトメールやしわくちゃの郵便物がぱんぱんに詰まっていて、下に散らばり落ちていたり。
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