君に届くまで~夏空にかけた、夢~
新聞も山積みになって、崩れたり切れたりしている。


「菊地先輩……ここ、鞠子の家じゃないんじゃないですかね」


どうしても、こんなところにあの鞠子が住んでいるなんて、おれには想像もつかなかった。


「いや、たぶん、鞠ちゃんちだ」


と菊地先輩が2階を指さした。


見上げてみると、2階の一室にだけこんもりとした弱い弱い明りが灯っていて。


「……あ」


そのベランダには、見覚えのあるTシャツがぶら下がっている。


緩い夜風にはたはたと音をたてて、Tシャツが揺れていた。


練習中、鞠子が着ている【桜花大附】の文字がバックプリントされているTシャツだった。


鞠子の家だ。


認めたくはなくとも、必然的に、認めざるを得なかった。


「先輩……」


「うん」


「鞠子の親って、何やってる人なんですかね」


「何で」


「だって、この家、荒れ放題じゃないですか」


「うん」


「うん、て……だって、さっきのおじいさんも変なこと言ってたじゃないですか。若い女性がひとり、って。おかしくないで――」


「平野」


菊地先輩に呼ばれて、反射的に言葉を飲み込んだ。


「詳しい事は、後で説明するから」


「……どういう意味ですか」


「とにかく、後でちゃんと説明するから」


それだけ言って、菊地先輩はインターホンを押した。


「今は一切、何も詮索すんなよ」


とたった一言を添えて。


2度、3度、インターホンの音が響いたあとに、ようやくドアの向こう側に人の気配がして、声が返って来た。


「……誰?」


やっぱり、鞠子の声だった。


「あ……あのっ」


と返事をしようとしたおれを肘で横に突き、菊地先輩がドアに顔を近づける。
< 120 / 193 >

この作品をシェア

pagetop