君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「ごめんな。だから、鞠子の気持ちには応えられない。今は野球しか頭にない。でも!」


ぐっと拳を握りしめる。


「だからって、こんな事で鞠子とぎくしゃくすんのは本当に嫌でさ!」


そんなのは、心底嫌だ。


無意識のうちに、勝手に声が大きくなっていた。


「こんなの、おれのわがままかもしれないけど!」


いや、確実に、おれのエゴだ。


「おれたち、これからも今まで通りの関係じゃだめかな! 鞠子と気まずくなんのは嫌なんだ!」


まさか。


まさか、こんなおれの事を誰かが好いてくれているなんて、思ってもみなかった。


誰かにそんなふうに想ってもらえるなんて、正直、これっぽっちも。


だから、本当に嬉しかったのは確実に事実で。


でも、おれは鞠子を“そういう目”では見れない。


想えない。


だから、本当に困惑したのも、今こうして戸惑っているのも、事実だった。


「普通に、おはようって。普通に、また明日って。普通に何でもないくだらない事に笑って……そういう関係でいれないかな、おれたち」


今日の一件をきっかけに、これまでの関係が無くなるのだけは嫌だ。


帽子を強く握りしめる。


「今まで通り。一緒に、甲子園目指すことできねえかな! 同じ夢、追いかける仲間じゃだめかな!」


今まで通り。


きつい練習に文句たれながら、悔しさに歯を食いしばって、耐えて。


細やかでちっぽけな事に笑って、手を取り合って。


同じ時間を、大切に分け合って。


同じ、あのグラウンドで。


同じ、あの青空の下で。


一緒に、甲子園という舞台を目指す事はできないのだろうか。


反応は、ない。


近くでオオン、と犬の遠吠えがした。


「鞠子」


少し、声のトーンを落として話しかけてみる。


「おれ、小さい頃に事故で両親亡くしてて」


カタッ。


ドアの向こう側で物音がした。


「だから、じいちゃんとばあちゃんに育ててもらったんだけど。ふたりとも、すっげえ苦労したんだと思う。おれをここまで育てるだけでも大変だったはずなのにさ」


けど、と一度言葉を詰まらせて、続けた。
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