君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「ふたりに苦労かけまくってきたのに」


毎月の給食費とか、部費とか、食費とか。


じいちゃんも、ばあちゃんも、もう第二の人生を優雅に暮らせるはずなのに。


おれが居たから、その年金も自由に使えなくて。


「けど、もっと苦労させるの分かってんのに、それでも……桜花で野球やりたくて。頭下げて、桜花に入れてもらったんだ」


さあっ、と吹き抜けていった夜風が妙にやわらかくて、ほんの少し。


泣きそうだ。


「こんな自己中でわがままな孫なのにさ、じいちゃんもばあちゃんも、頑張れって」


あの縦縞のユニフォーム着るんだな、って。


最高だ、って。


言って、背中押して、送り出してくれた。


「金、かかんのに。行けって、応援してくれるんだ。こんなどうしようもねえ孫の事。だから、ふたりの気持ちに何が何でも応えたくてさ」


次第に、声のトーンが上がって行く。


抑えよう、抑えようとしているのに、上がって行く。


「桜花で野球したくて!」


心は至って冷静なのに、体は裏腹で熱く火照る。


「桜花で、甲子園目指したくて!」


なぜか、無性に泣きたくなる。


「じいちゃんとばあちゃんに恩返しできんの、今んとこ、野球しかなくてさ!」


恋とか、今は、考えられない。


「実際、今のおれ、すっげえ中途半端でさあ!」


野球にすら忠実に、真っ直ぐに向き合えていないかもしれないのに。


こんな状態で、正直、恋とか考える余裕なんてない。


「ごめん、鞠子」


ごめん、ともう一度繰り返して、きっとこのドアの向こうに居る鞠子に頭を下げる。


「……でも、明日からも笑ってくれたら嬉しい……です」


べらべらしゃべりまくっておきながら、自分に呆れる。


何様なんだろう、おれって。


呆れる。


でも、それ以上に必死だった。


このドアの先で、鞠子が泣いていたらどうしよう、って。


やっぱり、鞠子には笑っていて欲しいと思う。


「完全におれのわがままだけど。鞠子が普通に“おはよう”って笑ってくれたら、嬉しいです」


どこまでデリカシーのないやつなんだろう、おれって。


どこまで自己中心的で、どこまで阿呆なんだろう。
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