君に届くまで~夏空にかけた、夢~

ちっぽけな決意表明

人には必ず過去という影がある。


もちろん、このおれにだって過去はある。


幼かった頃の大好きな両親を不慮の事故で亡くした。


その過去は消す事なんかできないし、目を反らして逃げても逃げても追い掛けて来て、背中につきまとう。


例えば。


今、寮に向かって夜道をのろのろと歩くおれたちを追い掛けて来る、あの月のように。


金魚のフンみたいに、どこまでもついて来る。


だから、きっと、鞠子も同じだと思う。


ひっそりと息をひそめるように静かな川沿いの一本道。


微かなせせらぎと、夜色の水面に映る逆さ富士のような月。


「俺、桜花附中出身じゃねえから、実際のとこは分かんねえしさ」


菊地先輩が自転車をカラカラ押し歩き、


「実際はどこまでが本当でどこらへんが嘘なのか、アレなんだけど。前に、千夏から聞いたことあって」


「はい」


おれはその隣に並んで歩いた。


「本人から聞いたわけじゃねえから、全部は鵜呑みにすんなよ」


と前置きしてから、菊地先輩がおずおず.と話し始めた。


「鞠ちゃんの親ってさ、大恋愛の末の年の差婚だったらしいんだけど」


鞠子の親父さんは個人事務所を構える公認会計士で、御袋さんは税理士。


互いに手に職を持つふたりは知人の紹介で知り合い、忙しい中、愛を育み結婚した。


そして、妊娠を期に勤めていた税理士事務所を退社し、彼女は家庭に入った。


絵に描いたような、誰もが羨む裕福で幸せな家庭だ、と近所でも評判だったそうだ。


けれど、鞠子が産まれてた頃から公認会計士事務所は忙しくなり、支店を構えるほどにまで成長し多忙を極めていった。


もともと仕事人間だったという鞠子の親父さん。


彼は更に仕事一筋になり、終には家庭を一切省みなくなっていったという。

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