君に届くまで~夏空にかけた、夢~
いかにもムッとした顔で、不機嫌そうだ。


菊地先輩がおれをジロリと睨んだ。


「“おれなんか”ってどういう意味だよ」


「だって! いいんですか」


突っ立ってしゃべっているだけなのに、滝のような汗が噴き出して肌を伝って行く。


なんて蒸し暑い夜だ。


息苦しくて、窒息してしまいそうだ。


「そんな簡単な事なんですか? センターっていうポジションはそんな簡単に……」


ごくっと唾を飲み込んで、続けた。


「おれなんかに託してもいいようなポジションなんですか! なんで、よりによって……おれみたいな――」


ビュッ、と風を裂く鋭い音がして、飛んで来たのは菊地先輩の帽子で、


「ってえ……」


おれの頬をかすめて、コンとアスファルトに落ちた。


帽子のツバの裏に油性マジックで書かれていた言葉が視界に飛び込んで来た。


【全身全霊】


ほんのちょっとだけ帽子が頬にかすっただけなのに、ピリピリ痛んだ。


頬を押えながら顔を上げると、菊地先輩がおれを睨んでいた。


「自惚れんな! 簡単な事じゃねえよ!」


その声にドンと突き飛ばされそうになる。


「アホか! バカか! ふざけんな! ぶっ飛ばすぞ!」


「だって!」


なにも、おれじゃなくてもいいじゃねえか。


まだ1年で、ペーペーのおれじゃなくても。


2年にも実力のある先輩たちが何人も控えてるじゃねえか。


なんだって、わざわざおれに託すなんて言うんだよ。


大切なポジションだろ。


菊地先輩が誇りに思って守ってる大事な守備位置じゃねえか。


何で、おれなんだよ。


おれなんか、まだ、先輩の足元にもおよばねえのに。
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