君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「後悔はさせません」


背中をぞくぞくした感触が這った。


鈴木監督の目があまりにも真っ直ぐで、ぞくぞくした。


「うちに来ませんか。君の3年間を、私たちに預けてくれませんか」


「え……あの……?」


「桜花大附属で、甲子園を目指しませんか?」


言葉が、見つからなかった。


一生懸命、探してみたけど、言葉がひとつも見つからないのだ。


人間は本当に頭が真っ白になる生き物だという事を、その瞬間に、体験した。


「桜花に、来て下さい。平野くん」


そもそも、この人は本当に桜花の監督なのか、


「一緒に、甲子園を目指そう。平野くん」


そもそも、この人は本当に桜花のコーチなんだろうか、と疑った。


何言ってんだ、この人たち、正気か、とも。


「……あの。でも、ぼくは、夏の地区大会2回戦で敗退しています。県大会にそら出場できませんでした」


そんなおれに、天下の桜花から声が掛かるわけがないのに。


「それに、ぼくの家からじゃ通えないです。下宿するにしろ、寮に入るにしろ、お金が……」


と言いかけたおれに、鈴木監督がやわらかく微笑んだ。


「君の家庭事情は、田口先生から聞きました」


え、と顔を上げると、ぐっちゃんが目で合図を送ってきた。


視線の機軸を、鈴木監督に戻す。


「君は、強い男だね。大変な思いがあったと思う」


「あの……だからっていう訳じゃないですけど。私立に行くなんて」


「でも、一度、ご家族に相談してみてくれないかな。無理やりにとは言わないけどね。あとは、君の気持ち次第だ」


前向きに検討して欲しい、良い返事を待っています、そう言って、鈴木監督は高校のパンフレットと文字がびっしりのプリントを2枚置いて、


「では、後日、またご連絡致します」


とぐっちゃんに一礼して、杉原コーチと帰って行った。

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