君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「何で?」


何で知ってるのかと聞くと、坪井は「たまたま偶然、聞いちゃった」とはにかみながらおれの横に並んだ。


「さっき、進路希望の変更の相談に行ったら、修司くんたちの話聞こえて来たの」


長い髪の毛を耳の下でふたつに結んで、前髪をピンでピシと留めている坪井は、「行こうよ、桜花」と爽やかに言った。


「坪井さ、他人事だと思ってあっさり言うけどさ」


「じゃあ、行かないって決めたの?」


「……本当は迷ってて」


「じゃあ、行こう。桜花。迷ってるなら、行こう」


一度っきりの人生、何が起きるか分かんないじゃん! 、と坪井がおれの背中に手のひらで一発入れた。


背中がじんじん痺れる。


坪井とこんな風に話したのは、初めてだった。


おれは野球部で、坪井は吹奏楽部で、接点がほとんどなかったから。


「私は行くよ! 普門館!」


そう言った坪井は、生き生きしているように見えた。


「フモンカン? て、どこ? んな高校あったっけ?」


色白の横顔に聞いてみると、坪井は可笑しそうにけらけら笑った。


「違うよ、普門館は高校じゃないから。私ね、高校は県外に行くことにしたの。千葉県に行くの」


「えっ! 何でまたんな遠いとこに」


桜花どころの話じゃねえな。


「千葉県にある、ブラバンの名門校受験するんだ。昨日ね、やっと親が許してくれて。説得に3ヶ月とちょっとかかっちゃった」


と坪井は窓辺に身を乗り出して、笑顔で空を見た。


その横顔は輝いていて、眩しかった。


「修司くんは行かないの? 甲子園」


「行きたい、とは思う」


「そっか。私は行くよ、普門館。絶対行く」


「あのさ……その、フモンカンて一体、何?」


ううーん、と少し考え込んだあと、坪井は窓の外いっぱいに広がる夏空を指さして、言った。


「甲子園!」
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