君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「こっちはよう」


とじいちゃんの手が、農協の通帳に触れる。


「おめえの親が残してくれた銭だ。修司の将来のために、使わねえでいだんだ」


こっちはよう、と今度は郵便貯金の通帳に触れて、じいちゃんが照れくさそうに言った。


「じじいとばばあの年金、少しずつ貯めでいだんだ。野球続けるってばや、グローブどがスパイクどが。なんぼでも良い物使わせてやりでえがらな」


ほれ、見てみれ、とじいちゃんは通帳の中身を確認するように言ったけど、できなかった。


胸がいっぱいで、声も出ない。


顔を上げる事もできなくて、うつむいた。


泣いてしまいそうだ。


唾を飲み込むと、すでに少し、しょっぱかった。


「下、見るな。修司。顔、上げろ」


ドン、とおれの背中を叩いたのは響也だった。


「下向いてたら、負けるぞ。フライは上から落ちてくるんだ。上向いてなきゃ、打球、見逃すぞ。前見てなきゃ、ボール打てねえだろ」


ハッとした。


響也の言う通りだ。


顔を上げる。


じいちゃんが真面目な顔で腕を組んでいた。


「年寄りは意外と金持ちなんだで。何も心配いらねえ」


そう言って。


「……じいちゃん」


目頭が、ぐうっと燃え滾る。


真剣な顔をしていたじいちゃんが、突然、大きな口を開けて笑った。


「ああ、おもしれえなあ!」


毎日、田んぼと畑で日に焼けた笑顔に、金色の奥歯がキラリと光った。


「人生は何が起きるか分がらないもんだ。長生きはするもんだなあ。最高、最高!」


久しぶりに、じいちゃんの本物の笑顔を見た気がした。


「まっさが、おれの孫が、あの縦縞のユニホーム着るど思ってねがったんだもの。桜花大学附属高等学校、背番号、8、平野修司!」


一気に胸が熱くなって、心の真ん中がぎゅううっと締め付けられて、


「……何言ってんな……背番号もらえるか、分かんねえのにや……」


泣きそうだ。


おれは、泣きそうだ、じいちゃん。
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