君に届くまで~夏空にかけた、夢~
おれと誉も部屋に入る。


入るや否や、


「ザビエルにゃ参っちゃうぜ」


誉が言いながらベッドにダイブする。


ザビエルの本名は、近藤大地(こんどう だいち)だ。


「なー。参る参る」


なぜ、彼がザビエルなのか。


彼は、寮の中ではいつもハーフパンツにポロシャツで、そのポロシャツの襟は常にパリっと立っているのだ。


その着こなしが歴史の教科書に載っているフランシスコザビエルのようだから。


ザビエルは練習はもちろん、寮生活や学校生活の規律や秩序に厳しい先輩だ。


時間には特に厳しくて、1秒でも破ろうものなら腕立てや腹筋背筋のペナルティを付けてくる。


「あー。疲れた。寝ようぜ、誉」


ばふん、とベッドにダイブして携帯電話を見てハッとした。


画面は返信メール作成画面のままだった。


「あっ。花湖にメール返してねえや」


仰向けに寝転んでカツカツボタンを押し始めたおれの方へ、みしっみしっと足音が迫って来る。


「何だって……花湖ちゃん?」


じとーっと目つきの誉がベッドサイドに立っていた。


まるで、亡霊のようだ。


「今、花湖ちゃんの名前を言ったのは、君か」


ぬうーっと覗き込んでくる。


切れ長のつり目をさらに細めておれを見下ろす誉が、薄気味悪い微笑みを落とした。


にたー、と。


「うわ、何だよ!」


「見せろ! 花湖ちゃんからのメール!」


一瞬だった。


一瞬の隙に、携帯電話を奪われてしまった。


「返せよ」


「うあああああーっ……可愛いなあーっ」


にへー。


人の携帯を見つめながら誉が鼻の下を伸ばして、床にへにゃへにゃと座り込んだ。


だらしねえなあ。


「あのさ。そのメールのどこが可愛いわけ? 普通の内容だろ」


返せ、と奪い返そうとするおれをひらりとかわして、誉が言った。


「修ちゃん、こんばんは、だって……かあわあいいー」


「……あ、そう」


「会いてえなあ。花湖ちゃんに。早く新学期始まんねえかなあ」


うっとり顔で網戸の外に想いを馳せる誉は、あの日、一瞬にして恋に落ちてしまったのだ。


「花湖ちゃんは、おれの天使なんだよ……修ちゃん……」


「……やめろ。それ。修ちゃんはやめてくれ」
< 42 / 193 >

この作品をシェア

pagetop