君に届くまで~夏空にかけた、夢~
花湖の父さんは弁護士で日々忙しく、ほとんど家に居ない。


花湖の母さんは総合病院の師長で、夜勤があったりと不規則な生活で。


だから、花湖は田舎育ちにしては珍しい鍵っ子だった。


猛烈に寂しかったのだと思う。


いつも夕方になるとおれんちに来て、縁側にちょこんと座っているのだ。


そのくせ、声も掛けてこれなくて、いつもばあちゃんが「花湖ちゃん、おいで」と招き入れるのだった。


すると花湖はぱああっ可愛い笑顔になって、ちゃぶ台の前に座っていた。


花湖が縁側に座っている。


それはきっと「寂しい」のサインだったんだと思う。


おれが野球の練習で帰っていなくても、花湖は寂しくなると来て、縁側にちょこんと座っていたらしい。


「だから、あいつ、いつもおれんち来てて。飯も風呂も宿題も平野家でさ。よく泊まってったりしてたから」


いつもくまのプーさんのリュックサックをしょって来て、その中にはお泊りセットが完備されていて。


寂しかったんだ、花湖は。


「いつもへらへら笑ってっけど。本当は寂しがり屋なんだ。あいつ」


それに、と続けるおれを、誉はただじっと見つめていた。


「おれの父さんと母さんも、小2ん時事故で死んだから」


一瞬、ほんのわずかだけど、誉が薄く唇を開いた。


「だから、それからはじいちゃんとばあちゃんが、おれたちの親代わりみたいなもんでさ」


ふいっと目を反らしてうつむいた誉にハッとした。


「あ、わり。ごめん、暗くて。別にそういうつもりで言ったわけじゃねえから。ただ、花湖ってあんなんだから誤解されやすくて。誰かに分かってもらいたかったっていうか」


悪い、と笑うと、誉は何も言わずに立ち上がり、自分のベッドから枕を持って戻って来た。


そして、無言のままおれの枕の隣に自分の枕を並べる。


柄は黒の生地にピンク色のハートを散りばめたドット柄で、がっくりくる。


誉は男のくせに、茶目っ気たっぷりなのだ。


「さあ、眠ろうか、相棒」


と微笑んだ誉はおもむろに立ち上がり、蛍光灯の明りを消した。


そして、またおれのベッドに戻って来て、それが当たり前かのように横になった。


おいおい、だ。


「何してんだよ、あほか。誉の陣地はこの川の向こう」


とベッドとベッドの通路を指さすけど、誉が戻る気配はない。


「いいんだ。修司」


暗い空間に、誉の瞳がやけに輝いて見えた。


「これからは、おれたち、毎日一緒に寝ようぜ」


さあ、おいでなさい、と誉が夏掛けをふぁさっとめくり上げて、うっとり微笑んだ。


「勘弁してくれ」


気色わりいわ。


「だから、おれはノーマルだってさっきも言っただろ」

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