君に届くまで~夏空にかけた、夢~
夜の敷地内に響く、アスファルトを弾く足音。


その人影は寮の前を何度か往復して、一本の木の横で突然立ち止まった。


陸上部だろうか。


はあはあ、荒い息づかいが下から聞こえて来る。


『修ちゃん!』


花湖の不機嫌な声が耳をつんざいて、我に返った。


「あ……わり。明日の夜にかけ直す」


『え、ちょっと、修ちゃ――』


最後まで聞かずに、一方的に電話を終わらせた。


誰なんだ。


網戸越しに、人影の様子をうかがう。


おれは、なぜか、ドキドキしていた。


月を隠していた雲が、ゆっくりとはけていく。


だんだん、その人物像が浮かび上がってきた。


すらりとした長身。


広い肩幅。


スリムでシャープな体のライン。


清潔な白のTシャツに、ハーフパンツ。


足元はおそらく、裸足にスニーカーだ。


夏夜の濃ゆい月が雲から姿を現して、優しい光で地を照らした。


ゆらり。


人影が動いて、息を飲む。


あれ……って。


「……菊地先輩」


このおれが間違えるはずがなかった。


彼は2年で、不動のセンターで、同じポジションの先輩だ。


菊地大輔(きくち だいすけ)。


菊地先輩は、1年生の頃からスタメンだ。


部員の中でも一番気さくで、ポジティブで、ちょっとばかし女にだらしない。


その爽やか過ぎる容姿と端整な顔立ちで、桜花の中でもひときわ目立つ人だ。


この人、何で野球やってんのかな、なんて思ってしまうくらい特殊なオーラを放っている。


とにかく、かっこいいのだ。


他校の女子からも絶大な人気で、寮に菊地先輩宛てのファンレターが届くほどだった。


菊地先輩に魅せられ心を盗まれる者は、男も女も後を絶たない。


これは、あくまで噂だが。


菊地先輩は今、女子バスケットボール部の後輩と付き合っているらしいが、他に女の陰が7つあるそうだ。


「……菊地先輩、だよな」


夜のアスファルトに、細い影が伸びている。


こんな時間に何してんだ。


と考えた瞬間、ぎょっとしてしまった。

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