君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「鞠子。お前、まだ残ってたのか」


鞠子は寮生ではなく、徒歩で通っている。


彼女の自宅はここから徒歩5、6分の住宅街にあるらしい。


桜花は幼稚園からエスカレーター制になっていて、鞠子はまさにその道を歩んで来たお嬢様だった。


「修司こそ。何たそがれてるの? もう、みんな行っちゃったじゃない」


でも、お嬢様というオーラが無くて、なじみやすい子だ。


鞠子は桜花中学の時も、野球部のマネージャーをしていたそうだ。


「つうかさ、鞠子さ、家近いのかもしれねえけどさ。一応こんな時間なんだし、いつまでも残ってんなよ」


「なんで?」


「なんでってお前さ……危ねえじゃん。親に迎えに来てもらうとかさ」


「ああ、平気! 大丈夫、わたし強いから」


と骨皮みたいなひょろっこい腕を曲げてフンと力んで見せる鞠子は、いつもどんな時も明るく笑っていて、オープンな性格だ。


お嬢様街道を辿って来たわりに、これっぽっちも気取っていない。


「そういう問題じゃねえだろ」


女なんだから。


おれの約半分くらいの小動物みたいな体で、豆もやしみたいにひょろひょろのくせに、どこが強いと言うのだろう。


でも確かに、そこらの女とは比べ物にならないくらいガッツのある女だとは思う。


ひょろっこくて儚げに見えるけど、これがまた男に引けを取らない力持ちだったりする。


山盛りのボールケースをひょいと持ち上げるし、監督やコーチに呼ばれればヒューンと飛ぶように走る。


「修司さ、さっき、詠斗と何か話してたよね。珍しいね、ふたりが話し込むなんて」


「なに……見てたのか」


「たまたまねー。どうした、何か悩み事? さあ、姐さんに相談してごらんなさい」


小さな拳で胸元をどんと叩いて、鞠子は人懐こい顔で笑った。


鞠子は長い髪の毛を太いゴムでふたつに結っている。


髪がバッタの触覚のようにぴょんぴょこ揺れた。


「選手の悩みを聞くのも、マネージャーの仕事ですから」


「……ねえよ。悩みなんか」


とちょっとカッコつけたくらいにして、鞠子に背を向けスパイクをケースにしまった。
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