君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「遠慮しなさんな。頼りなさい、マネージャーを」


背中に鞠子の声を受け止めながら、スパイクとグローブをスポーツバッグに放り込んだ。


「だから、ねえって。つうか、あっても言わねえよ」


スポーツバッグを背負って振り向くと、鞠子は明らかに不機嫌な顔になっていた。


「じゃ、もう聞かない。すみませんね。どうせわたしは頼りないマネージャーですよーだ」


ぷうっと風船のように膨らんだ鞠子の頬を、


「わり。別にそういう意味じゃねえよ。もやしっ子」


人差し指の腹で突いた。


ぷふうー、と口から空気が漏れて、鞠子はころっと機嫌が直ったようで笑顔に戻った。


「あー、またもやしっ子って言った」


触角をぴょんぴょこ弾ませながら、きゃらきゃら笑っている。


シャープで滑らかな輪郭と、小さいけどふっくらとした形の唇。


巨大アーモンド型の大きな目。


そのまつ毛はいつもツンと上を向いていて、きれいな扇形に広がっている。


「んで、帰んないで何やってんの?」


「えっ?」


「えっ、じゃなくて。何やってたんだよ、掃除か? 部室の電気付けっぱ」


窓から煌々と明かりが漏れ出している部室を指さしながら、じゃあな、お疲れ、と背を向けたおれのスポーツバッグをがっしり捕まえて、


「うわわわわ! 待った、待った、修司!」


「うおい、なに!」


「そうそう、修司に頼みがあったんだった!」


来て、と鞠子は強引におれをぐいぐい引っ張って、部室に向かった。


「頼みって? 明日じゃダメな事?」


疲れてんだよ、と言っても、


「わたしだって疲れてるよ。お互い様、お互い様」


とずんずん、ずんずん、歩く。


もやしっ子のくせに、バカ力だ。
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