君に届くまで~夏空にかけた、夢~
部室は、運動部とは思えないほどきれいだ。


鞠子がいつもきれいにしてくれているから。


2階建ての部室は、上が部員たちのロッカールームで、下は入り口から入って右がシャワールーム、左がミーティングルームと道具置き場になっている。


ミーティングルームには第一期生からの集合写真がかららららーと壁に並んでいる。


今ではかなりレアな白黒写真だってある。


第一期生の時から、桜花のユニフォームは縦縞だ。


その奥はこれまでの試合のデータや試合模様を録画したDVDや、ベースボールマガジンがずらずらずらーっと並ぶ本棚がある。


それらは、マネージャーに断ればいつでも持ち出し可能だ。


その本棚の前まで行くと、鞠子が指さした。


「あれ! あれ取って」


細くてひょろっこい人差し指が、本棚の上に積まれている段ボールを指さした。


段ボールは分厚いほこりをかぶっていて、蜘蛛の巣までかかっている。


「あれって、これ?」


おれは明らかに顔を引きつらせたと思う。


ほこりと蜘蛛の巣まみれの段ボールになど、触りたくもない。


「これ?」


もう一度繰り返すと、鞠子はしっかりと頷いた。


「そう、それ。取って!」


「えーっ……これ、ほこりかぶってるし、蜘蛛の巣が」


「取ってったらあ! わたし、届かないから!」


と強気に言いながら、鞠子はおれを前に押し出して、おれの背後に身を隠した。


「鞠子さあ……ほこり被りたくないだけだろ。明らかに」


にっ、と鞠子の小さな口元で真っ白な歯がこぼれる。


「ほら、こういう時こそ、その長身を生かすのよ! 平野修司!」


とか、何だかんだと理由を付けて、鞠子はいつもおれの体を盾に使う。


「なんか、おれって、いつも鞠子の雑用係な気がするんだけど」


「違うって。こういう時のために、修司は背がおっきいんだよ。絶対」


頼りになるわー、と鞠子がおれの背中をぐいぐい押した。


結局いつも、こんなんだ。


必要な物が高いところにある時。


物を取って欲しい時。


部員たちにふざけてチョッカイをかけられると、ぴゅーと走って来て、おれの背中にその身を隠す。


壁、壁、そう言って。


風が強い日なんかもそうだ。


竜巻みたいな風が吹いて砂埃が舞い上がると、ぴゃーと走って来ておれの背後に隠れる。


風よけ、風よけ、そう言って。
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