君に届くまで~夏空にかけた、夢~
悩みが無さそうな人に限って大きな悩み、抱えてたりするよね。


そう、鞠子は言った。


「やっぱり、悩んでるんだよ。悩まない方がどうかしてるよ。それに、一番見られたくない人物に見られたんじゃないかな」


え、と首を傾げると、鞠子はテーブルに前のめりになって顔を近づけて来た。


「修司にだけは、見られたくなかったんだよ。絶対」


2本の触角がぴょこんと弾む。


「おれ?」


うん、そう、と涼しげなブラウン色に輝く大粒の瞳に、アホ面の自分が映り込んでいた。


「うちの部員は繊細な男ばっかだねえ」


鞠子の唇は小さいけれどふくよかで、桜色をしている。


「菊地先輩が唯一認めてるセンターは修司だからね。菊地先輩、修司のことかってるから」


例えばどこらへんが、と質問したおれをクスクス笑って、


「どこかな。うーん。とりあえず、全部」


「それじゃ話になんねえ」


「まあ、率直に言うなれば。菊地先輩的に認めた公式ライバルってとこかな」


「ますます分かんねえ」


でも、鞠子はそれ以上詳しくは言わなかった。


窓から見える真っ暗なグラウンドに視線を飛ばして、鞠子は話を変えた。


「知ってる?」


「何が。主語、述語は?」


「わたしはね、毎日見てるから、知ってるんだけどね」


鞠子が、得意げに言った。


菊地先輩も、修司も。


センターにフライが上がると、目をキラキラさせるの。


それで、もう周りなんて見えていなくて。


無我夢中になって、その一球を追いかけて行くんだ。


「バックスタンドに向かって伸びる一球を追いかけて行くふたりの背中」


大好きなんだ、と鞠子が窓の外から視線をおれに戻して、笑った。


目が合って、どきっとした。


「わたしね、大好きなんだ」


そう言った鞠子は、また、ふいっと窓の外に視線を飛ばした。


微笑む鞠子の巨大アーモンド型の目が半分になっている。


「いつも見えるんだよね。掃除に疲れて、ここに座って、外を見るとさ。ここから真っ直ぐがちょうどセンターでね」


今日、初めて知った。


鞠子の横顔が実は整っていること。


「青空に打ち上げられたボールを夢中になって追いかけて行く修司の背中に、“8”が見えるんだ」


鞠子が両手の人差し指と親指で輪っかを作って、8にして笑った。


「背番号8」


その笑顔は、今のおれにはあまりにも眩しすぎて、もったいないくらいだった。


「修司、がんば!」


照れくさくて、くすぐったくて、鞠子の顔を見る事ができなかった。


おれはぶっきらぼうに帽子を掴んで、深くかぶった。


「さ……さんきゅ」


照れくさくて、恥ずかしくて。


だけど、嬉しくて、たまらなかった。
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