君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「気にすんなよ」


「聞いてたんすか……」


「あれは、大輔なりの宣戦布告だかんな」


深津先輩は菊地先輩と1年からの同部屋で、まさに青春マンガに登場しそうな爽やかな人だ。


「宣戦布告、すか?」


しかし、完全に打ちのめされたおれは情けないったらないのだ。


今にも泣いてしまいそうだ。


「しっかりしろ、平野」


どす、と深津先輩がおれの背中を押した。


あいつ、女には器用なんだけど男に対してが不器用なんだよな、と先輩は笑った。


「大輔はさ、もっと平野に成長して欲しいんだろうな。先輩後輩の壁なんか越えてさ、センター奪いに来いって言いたかったんだと思うぞ」


何泣きそうな顔してんだよ、と深津先輩はサイダーのように透明で爽やかに笑って、おれの帽子のツバをべんと弾いた。


「大輔、言ってたぞ。俺からポジション奪える力持ってんのは今んとこ、平野だけだって」


「……えっ」


「な! お前は一体何様だよって話だよなあ!」


心臓がぎゅうううっと音を立てて、圧迫された。


「ほら。平野も食堂で夜食食って風呂入って、寝る」


と背中を向けた深津先輩を呼び止めた。


横の柳の枝葉が夜風にさわさわ音を奏でる。


「どこ行くんすか?」


「大輔んとこ。ほっといたら何するか分かんねえからな」


ストライクなのかボールなのか判断の難しい顔で笑って、深津先輩は続けた。


「大輔さ、今、決断強いられてるからな。だから、さっきの発言も許してやってくれな。あれ、本心じゃねえから」


「決断て……やっぱ、右足の事っすか」


「お前らはほんと、切磋琢磨の関係なんだな」


イエス、でも、ノーでもなく、灰色のどっちつかずの返事をして、


「とにかく。大輔の今後は、平野の成長次第って事だよ」


深津先輩は菊地先輩が走って行った方向へ駆け出した。


「ああ、それと! お前、責任重大だぞ、平野!」


そう叫びながら。
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