君に届くまで~夏空にかけた、夢~
深津先輩の姿が見えなくなってからすぐ、おれは踵を返して歩き出した。


そうか。


そういう意味だったのか。


「ちくしょう! 目が覚めた!」


アスファルトの上のころりと転がっていた小石をつま先で蹴る。


コンコロ、コンコンコン、と小石が転がって行った。


自分に呆れる。


なんて失礼な事を菊地先輩にしていたんだ。


もう、全力で向かって行くしかねえんだ。


この先、何があってもだ。


そういう場所に、おれは来たんじゃないか。


「成長してやるよ」


そして、菊地先輩に認めてもらうしかねえ。


例え、菊地先輩がどんな決断を下すとしても、成長して、認めてもらうしかねえ。


その時、おれは闘志に燃えていて、熱くなっていて、のぼせ上がっていたのだと思う。


頭の中は野球のことでぱんぱんで、他の事を考えるような隙間なんてなかった。


ほんのさっき菊地先輩に言われたことなど、もうすっかり頭から消えてしまっていたのだ。












寮に入って右手に大浴場と洗濯場があって、左手奥に食堂がある。


「なあ、夜食って何?」


食堂に入った時はすでに日付が変わっていて、練習着のままの1年がぎゃあぎゃあ騒いでいた。


「うわ、うるせ……」


食堂は男女共同だ。


奥が女子寮の席で、手前が男子寮の席に別れている。


もちろん、こんな時間に女子がいるわけもなく、居るのは汗臭い泥だらけの球児ばかりだ。


これがまたやっかましいのだ。


「おお、修司! 遅かったなあ、まあこっち来て食えよ」


と手招きしたのは、もぐもぐ口を動かす誉だった。


誉の隣に座ると、テーブルの上にはずらーっと大皿が並んでいた。


それは、大量のおにぎりだった。


「うお、すっげえ! 何これ、誰が作ったのや!」


そのおびただしい数に、思わず目を見張った。


「2年はもうみんな食ったから、残りは1年で全部片づけろってよ」


と誉が右から順番に説明を始めた。


海苔で巻かれてあるのが、昆布。


ごま塩のやつが、梅。


たらこのふりかけのが、鮭。


で、これがしその混ぜ込みな、と。
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