君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「あ、それと、そのおにぎりな。マネージャーが握ってくれたんだ。だから、明日、各自お礼を言うように」


あ。


鞠子。


バタン、とドアが閉まり、ザビエルが去って行った。


あれほどやかましかったみんながガタガタと席について、まるで借りて来た猫のように大人しくおにぎりを食べる。


おれは手にしていた食べかけのおにぎりを見つめて、黙り込んだ。


鞠子の手が熱かったのは、これが理由だったのか……。


何百個のおにぎりが次々と姿を消していく。


みんなが無言で食べながらきっと、同じ事を思い浮かべていた。


ただでさえクソ暑いこの真夏に、たったひとりで暑い熱い思いをしながら、何百のおにぎりを握る姿。


あの、ちっこい手で、何個も何個も。


一体、何合の米を何回も炊いて、何百回握ったのだろう。


誉が、おれの耳にささやくように言った。


「おれたちが夜間練習してる間中、ずっと握り続けてたらしいぞ。ひとりで」


みんなはきっと、マネージャーの健気な姿を思って、おにぎりを噛みしめていたんだと思う。


でも、おれは少し違っていた。


――青空に打ち上げられたボールを夢中になって追いかけて行く修司の背中に、“8”が見えるんだ


ごま塩のおにぎりにかぶりつく。


――背番号8


もうひとつ、がぶっ。


――修司、がんば!


胸が苦しくなって、残りは一気に全部口へ詰め込んだ。


「おい、平野?」


と心配そうな声で南波が話しかけてきたけど、おれは顔を上げることができなくて、うん、うん、と頷いた。


また明日、そう言って、振り向きもせず一目散に走って行った鞠子は、あの時、泣きそうな顔をしていなかったか?


おれ、何かやらかしてしまったのかもしれねえや。


明日、会ったら一番に謝ろう。


たぶん、何かやらかしてしまったんだ、おれ。


だから、鞠子はあんな顔していたんだ、きっと。


鞠子は、明日も、いつものように笑っているだろうか。


そして、そのメールを見たのは、風呂から上がって洗濯も終え、夜空を見上げた午前2時の事だった。
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