君に届くまで~夏空にかけた、夢~
鞠子はいつも、陰から全力でおれたちを支えてくれているのだ。


そして、いつだって笑っている。


鞠子が泣いたところなんて見た事がない。


「情けねえよ、おれら」


呟いてガガガとレーキを3塁ベースからホームベースに向かって押し進む。


マネージャーが居ないとこんなにぐだぐだになるなんて、情けないったらない。


いつも、あれやこれやとおれたちが頼りにされているのだと思っていた。


いや。


思いあがっていたのかもしれない。


でも、逆だ。


おれたちが、マネージャーを頼ってたんじゃねえか。


その時、おろおろしてばかりだった1年の空気が一変して、ざわついた。


たたたたたた。


歩幅の狭い狭いピッチの速い足音が迫って来て、


「すみません! 遅くなりました!」


とグラウンドに現れるや否や頭を下げた彼女を見て、全員が言葉を失い、時が止まったかのように固まった。


隣のグラウンドから聞こえるサッカー部の掛け声が、フェンスを突き破って流れ込んで来る。


ゴトン。


ゴトゴトゴト。


乾いたグラウンドに、次々にレーキが落ちていった。


ごろごろ、ケースを落としてボールをまき散らすやつも居たし、ガラガラ、ケースに躓いてバットをなぎ倒すやつも居た。


とりあえず、全員があんぐりした。


衝撃的だったのだ。


「な……なんてこった……」


隣で、誉が呟く。


「何が起きた?」


一夜明けてのその変貌振りは、強烈なものだった。


「お……」


おれは衝撃のあまり、レーキをみぞおちに突き指してうずくまった。


「ぐはっ……」


息ができない。


女っていう生き物は、何て思い切った事ができる生き物なのだろう。


「こらーっ! そこ、ボールまき散らすな! あっ、バットも! 拾いなさーい!」


怒鳴った鞠子に、一同は釘付けになった。
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