君に届くまで~夏空にかけた、夢~
確かに鞠子なのに、でも、その後ろ姿は知らない人みたいで、少し緊張した。


いつもみたいに「鞠子」とか「もやしっ子」なんて、気軽に声を掛ける事ができない。


そこに居るのは、間違いなく鞠子なのに。


知らない女みたいだ……。


開け放たれた窓から差し込む午後のきつい陽射しが、短い髪の毛を赤褐色に輝かせている。


カタ。


おれの足音に気付いた鞠子が、弾かれたように振り向いた。


「……修司」


鞠子と目が合った。


おれは苦笑いした。


どういう顔をすればいいのか分からなかった。


巨大アーモンド型の目は寝不足か、泣き腫らしたような、ぼってりと腫れぼったい目だった。


白目も赤く充血している。


「どうしたの?」


と細い首を傾げた鞠子に、そのままそっくり返して指さした。


「どうしたの、それ」


「ああ、髪の毛?」


ふふ、と困ったように笑って、鞠子は冷蔵庫から出したペットボトルの水をとぷとぷ、サーバータンクに入れる。


おれに背を向けながら、鞠子はいつもと変わらず明るい口調で続けた。


ごめんね、遅くなっちゃって、と。


「いつもは予約入れてから行くんだけどね。急だったから遅くなっちゃった」


窓から煌めきながら差し込む真夏の陽射しが、鞠子を小さなシルエットにする。


「でも、どうしても。一刻も早く、切っちゃいたかったから」


少し、心配になった。


というより、おれはハラハラしている。


神々しい光線に包まれて、鞠子が少しずつ少しずつ薄くなって、透けて、最後にはすうーっと消えてしまいそうな気がして。


「カット自体は早く終わったんだけど、カラーリングで時間かかっちゃったんだよね」


「いや、違くて。そういう事を」


聞いているんじゃなくて。


聞きたいのは、何で突然、そこまでばっさりやってしまったのか。


率直に、あの長い長い綺麗な黒髪を切ったその理由だ。


そして、なぜ、一刻も早く切りたかったのか。


その理由だ。


でも、なぜかそれを聞く事ができなくて、


「あ、いや。昨日はごめん。メール」


とわざとらしく話題をすり替えた。
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