君に届くまで~夏空にかけた、夢~
ううん、と鞠子が首を振る。


おれに、小さな背中を向けたまま。


「いいのいいの。あんな時間だったし」


次の瞬間、ますます空気が重たくなった気がして、慌ててまた話題をすり替えた。


「おにぎり、うまかった。あ、特にごま塩のやつ」


「そっか。良かった。お腹壊さなかったみたいで。安心した」


「え?」


「実はね、あれ、毒入りだったんだけどね」


あ、嘘だけどね、と鞠子はくすくす笑いながら言うんだけど、絶対にこっちを見ようとしない。


3台のサーバータンクに、水をとぽとぽ注ぎ続ける。


ショートヘアーになった彼女の後姿は、本当に知らない人みたいで、変に気を使う。


きらきら。


ぴかぴか。


キャラメルブラウンが乱反射する海の水面のようにプリズムしていた。


これっぽっちも言うつもりはなかったのに、不意に口から飛び出してしまった。


「綺麗な色だな」


え、と鞠子が動きを止めた。


「あ、いや」


あのその、と慌ててはぐらかす。


「よっ、良かったな! うちの高校、校則緩くて」


桜花は私立なのに、比較的校則が緩いと思う。


部活に入っているやつは大概真っ黒な髪だけど、帰宅部なんかはみんな髪を染めたりピアスをしたりしている。


でも、化粧もピアスも風紀検査の日しか注意されない。


「鞠子よりすげえのいっぱい居るもんな」


桜花は決して学力レベルが高いとは言い難い。


全校で約2000人のそのほとんどがスポーツ特待生、スポーツ推薦で入って来ているし、無部の人だって第一志望校に落ちたりエスカレーター制で入って来たものがほとんどだ。


鞠子が冷凍庫から氷を取り出し、サーバータンクにコトコト入れ、ふたを締めながら言った。


「これ、わたしなりの決意表明」


もちろん、背を向けたままだ。


「決意表明って言うか、誓いって言うか、宣誓って言うか……宣言と言いますか」


「どういうこと?」
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