君に届くまで~夏空にかけた、夢~
物言いのある顔だ。


タン、と最後の一段を降りたおれに、鞠子は言った。


「別に頼んでない」


「は?」


「頼んでない!」


「……はあ?」


カチンときた。


別に感謝されたい訳ではなかった。


ありがとうを言って欲しいわけでもない。


「わたし、頼んでないじゃん」


それが「迷惑だ」「おせっかいだ」と言われた気がして、カチンと来た。


ふいっ、と鞠子が目を反らす。


そして、テーブルの上の筆記用具たちをぶっきらぼうに詰め込み始める。


「鞠子」


声を掛けても見向きもしない。


ただ「何?」と憮然とした声がひとつだけ帰って来た。


「お前さ、何そんな意地になってんの?」


「何が? 別に意地になってないじゃん」


ガシャガシャと荒々しく鞄に私物を放り込む鞠子は完全にむくれている。


「つかさ、あのメール何よ。もう頼んねえとか意味分かんねえ。おれ、何かしたか?」


ぴたりと手の動きを止めて、鞠子が固まる。


「お前、女なんだし、もやしっ子なんだからさ。こういう力仕事は男のおれたちに頼ればいいだろ」


鞠子の横顔がどんどん、どんどん、不機嫌になっていく。


おれは何か間違えた事を言っているんだろうか。


「何でもひとりでやろうとすんなよ。仲間だろ、おれたち」


ハア、と苛立った息を吐いた鞠子がおれに背中を向ける。


「そうだね。でも、修司にだけは頼りたくない」


「……何だよそれ」


何だ。


何だ、この空気。


最悪だ。


重いし、湿っぽいし、淀んでるし。


終わりのないトンネルの中を何時間もほっつき歩いている感じだ。
< 99 / 193 >

この作品をシェア

pagetop