アカイトリ
欝陶しいことこの上ない。


天花は結局夜になるまで屋根の上で颯太をやりすごすしかなかった。


「おい、そろそろ降りてこい」


下から呼ぶ声が聞こえ、そちらを見ると、腰に手をあてて颯太がくい、と顎を引いた。


「時間切れだ。降りれなくなるぞ」


ああ、もう夜なのか。

苦い思いが込み上げてくる。

夜になると、森の奥深くに身を隠し、決して人前に出ることはなかった。


よって、人里に降りることなどなかったのだ。


天花は真上に近付いてきた月を見上げた。



――わたしは飛べない鳥。


碧と同じく、しかも碧を捕らえた祖先に捕らえられるとは何の因果なのか――



朱い姿が淡く発光しだした。


また、人にならなければいけないのか。



ずっとずっと、人の姿に変わるまで、天花は月を見上げていた。



――下で颯太は数歩後ろで控えていた楓を振り返る。


「あいつ、あそこで人に変化したらどうやって降りてくるんだ?」


「私が行きます」


そうか、と返し、月を見上げたまま動かない天花を見守る。


自分は碧と人との間に生まれた子孫だ。


血が薄れた今でも、身体に様々な名残がある。


何世代か前の祖先は強く力が発現し、気が狂って自ら天命が尽きるまで牢に入った。


まだ、その牢は存在する。


「俺も、そうなるのか」


…全てを始祖のせいにはしたくはないが、短命か長命。


一族の寿命に、中間は存在しない。

故に、一族の数は限りなく少なく、自分が妻を娶らなければ、血が途絶えるところまできていた。


――そうこう考え込んでいるうちに、天花が完全に人に変化する。


白く闇夜に浮かぶ裸体に、やけに淫らに映る首の鎖。


「楓、行ってきてくれ」


天花から視線を外さずにそう頼むと、楓は音もなく動き、気配もなく天花の所までたどり着くと、ぼんやりとしている天花を抱き上げた。


「蘭、着替えを」


「はいはい。御召し物は浴衣でいいですか?」


「ああ。天花の肌に映えるものを」


楓に抱き抱えられて降りてきた天花の朱く長い美しい髪を見て、蘭はそっと自分の短い髪を引っ張ってみた。
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