アカイトリ
線が細く、けれど上品に着こなした菖蒲色の着物。

何よりも目尻の下のほくろが魅惑的だ。


颯太はまだ顔色の冴えない菖蒲にどう声をかけようか迷っていた。

本当は色々菖蒲から聞きたいのだけれど。


「どこか…悪いのか?」


「どうということはありませんわ。ただの立ちくらみなのに颯太様ったら…」


信愛の滲み出る親しげな口ぶりに、天花がふいっと視線をそらすと、菖蒲が隣に移ってきた。


「天花さん、あなたとても可愛いわ。やきもちを妬いてらっしゃるのね?」


「…!そ、そんなことはない!」


語気を強めるも、覇気は全くと言っていいほどにこもっていない。

菖蒲はぎゅっと天花の手を握った。


「わたくしは颯太様に抱かれた数多い女のうちのひとり。過去の産物ですのよ」


突然何を言い出すのかと天花は、ずり、と後ずさるが、さらに菖蒲が間合いを狭めてくる。


「わたくしたちは過去ですの。美しき夢物語のひとつに過ぎないのだけれど、あなたは違う。あなたははじめて颯太様に全てを受け入れられた方」


菖蒲は慈母の眼差しで天花の頭を撫でた。


「だから心配など無用ということをあなたに伝えることができて本当によかったわ」


「あ…あや…」


「呼び捨てで呼んでくださいまし。菖蒲、と」


「あ、菖蒲…何故わたしにそんなことを」


あら、と逆に不思議がられ、頬を撫でられた。


「そこらの娘に颯太様を奪われるのは心外だけれど、あなたならわたくしは納得できるわ」


人懐こい笑顔を浮かべた菖蒲に思わず天花も笑みを誘われる。


「面白い人だな…」


「そう?わたくしはこれからのあなたたちを見ていたいけれど、そういうわけにもいかないでしょうね」


――情事を交わした女と、愛し抜いている女を鉢合わせにした颯太の心情は計り知れない。


「この辺りでいいわ、もう大丈夫ですので降ります。天花さん、お幸せに。そして颯太様を幸せにしてやってくださいね」


馬車を止めようとした菖蒲の手を天花は慌てて強く握り返した。


「駄目だ、一緒に屋敷へ行こう…!」


それ以上二の句が告げられずにもじもじしていると、菖蒲が悪戯っ子のように笑って耳元で囁いた。


「颯太様の弱点を教えて差し上げるわ。実践してごらんなさい」


颯太の知らぬ所で女ふたりは分かり合った。
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